ブランドの立ち上げに失敗しないための調査方法「前編」

ブランドを立ち上げる際に、どのような調査をしていくのがよいか悩む事業主の方も多いと思います。

調査というと、定量調査や定性調査などの手法が考えられますが、適切な調査設計は簡単ではありません。

本記事では、Brandism代表の木村に、ブランド立ち上げ時の調査についてインタビュ―しました。

ブランド立ち上げ前の調査とは?

ーーブランドを立ち上げる前に、どのような調査をするか教えていただけますか

ブランドを立ち上げる前の調査は大きく分けて2つあります。

1つ目は、消費者のニーズを探るため、もしくは新製品のアイデアを見つけ出すための調査です。

2つ目は、ある程度アイデアやコンセプトが固まっている商品が、実際に消費者に受け入れられるかどうかを確認するための調査です。

どちらも定性調査と定量調査の手法を組み合わせて調査を行います。

1つ目の「ニーズを探るための調査」は、定性調査の比重が高く、インタビューの中で会話をしながらインサイトを探っていくケースが多くなります。

反対に、2つ目の「コンセプト確認のための調査」は、定量調査の比重が高く、作成したコンセプトやコピーがユーザーに受け入れられるかを確認することが一般的です。

 

ーー定量調査と定性調査にはどのような違いがあるのでしょうか。

定性調査は、インタビュー対象の数は少ないですが、基本的に直接顔を合わせて行う調査が多くなります。コロナ以降はオンラインでのインタビューが増えていましたが、再び顔を合わせての調査も増えています。

一方で、定量調査は、基本的に顔は合わせず、調査票を作成してインターネット上で実施することが多い調査です。

定量調査では、結果を数字として扱うため、統計的に問題なく結果を得られる人数規模を対象に実施します。サンプルとしては、600人以上を対象とすることが多いです。

 

ーーなぜ600人以上なのでしょうか

統計学における、調査に必要なアンケート回答数の求め方に基づきます。 

調査対象全体がアンケート回答者より非常に大きいとき、アンケート回答数【n】は、許容誤差【e】・信頼水準【Z】・回答比率【p】を用いて次の式で求まります。

n = Z2p(1-p)e2

アンケートの信頼度を高く保つため、e=5%, Z=2.33(信頼水準98%), p=0.5としたとき、nはおよそ600と求まります。

したがって、600人という調査規模を採用します。

先人たちの経験則としても小規模調査の場合600人が採用が採用されることは多くなっています。

参考文献:Israel, Glenn D. “Determining sample size.” (1992)

 

確度の高い調査結果を得るには?

ーー定性調査は「会話をしながら行う」と仰っていましたが、マーケターがインタビューアーにならないことが多いように思います。それはなぜなのでしょうか。

調査をしっかり行うのであれば、ブランドの担当者や責任者が直接インタビューするのは避けた方がよく、インタビューに長けているプロの方を起用する方がよいです。

例えば、主婦の方を対象に本音を聞き出そうと場合、年齢やライフスタイルが近い女性がインタビューを行うことをおすすめしています。なぜなら、20代独身女性がインタビューしてもなかなか主婦の本音を引き出せないからです。

環境づくりという意味でも、インタビュー対象の方に応じてインタビュアーを変えていくことは定性調査における重要なポイントです。

 

ーー例えば「社長がインタビューを行うと忖度してしまう」などの問題もあるのでしょうか。

そうですね。

他にも、例えば、A・B・Cと3種類の製品があり、会社としてはAの製品でいきたいと考えていた場合、人間とは不思議なもので「Aが良くなる」ための質問をしてしまいます。私自身も若いころに同じ過ちをしたことがあり、当時の上司から注意を受けたことがあります。

第三者的が調査を行うというのが消費者調査におけるセオリーです。

 

ーー調査会社を雇えない場合、どのように対応すれば良いでしょうか。

2つの方法があります。

1つ目は「フラットな関係で行わなければならない」ということや、「本音を話しやすい環境づくりをする」といった前提知識をしっかりとインプットしたうえでインタビューに臨むということです。

2つ目は「周りの友人や従業員の中から対象に近い属性を持つ方をピックアップしてインタビューをしてもらう」という方法です。

 

発売後の「思ったよりも売れない」を回避するには

ーー実際に調査を行ったうえで、製品を「発売する」「発売しない」ということはどのように判断しているのでしょうか。

定量的に判断するのがよいと考えています。調査という観点では、主に購入意向を計測して判断します。

自社のブランドコンセプトや製品に対して、商品を買いたいと思うかどうかがKPIになりますが、KPIを定める時に、競合をベンチマークとして参考にします。

例えば、男性用の化粧品を出す際、ベンチマークしている「A」というブランドがあるとします。

年間売上10億円のブランドAに対し、自社のブランドが初年度で1億円を目指したいという状況の時、ブランドイメージや購入意向が、ベンチマークにしているブランドよりも良い数字を出さない限りは、商品を発売しない判断をするケースがあります。

あるいは、ブランドイメージや購入意向がブランドAとほぼ同等レベルの場合、将来的に投資金額が追いついた際、そのコンセプトであれば勝算があると判断することもできます。

したがって、調査をする時にポイントとなるのは以下の2点です。

1. ベンチマークのブランドを立てる

2. ベンチマークしたブランドに対し、どの程度の購入意向を達成したいか決定する

上記2点を踏まえてブランドコンセプトの魅力度を判断し、広告予算といった別の要素を考慮した上で事業計画を作成していきます。

 

ーー調査段階で「買いたい」という声が大きかったのにも関わらず、いざ発売してみると売れないという現象はなぜ起きるのでしょうか。

認知を取れていないことが原因です。

調査は、コンセプトや価格、商品を伝えた上で行われるため、「買いたい / 買いたくない」の質問は認知がある前提のもとで行われます。

一方で、発売した時にそもそもユーザーがその商品に気づかないことがあるため、認知のないブランドは想定より売れないことが起きます。

調査のコンセプトが良いスコアであるからといって、必ずしもその商品が売れるというわけではありません。

逆に、認知されているのにも関わらず売れていない商品は、発売する以前のコンセプト設計の部分で優位性がないと判断することもできます。

 

ーー市場で選ばれるためにはどうすれば良いのでしょうか。

市場での売れ行きを高める場合、購入意向の他に「差別化」や「新規性」が大切になります。

市場には似たブランドがたくさんあるため、「買う/買わない」という2択のコンセプトテストで「買う」と回答したユーザーも、いくつかの商品の中から選んで商品を購入します。

つまり、商品を選ぶ土俵に乗っているかを判断するのがコンセプトテストで、最終的に「買いたい」と思ってもらうために大切になのが「差別化」や「新規性」です。

ユーザーの多くが「新しい」と回答した製品は、商品が発売された時に「新しいから買ってみよう」と購入のトリガーになりうるため、「新規性」はテストにおいて重要な項目になります。

また、「親和性」は「新規性」と同じくらい重要な要素です。ユーザーに「買いたい」と思わせ、新規性もあるけれど、「自分に向いていない」と思われてしまうこともあるからです。

まとめると、「購入意向」「新規性」「親和性」の3つは、市場で選んでもらうために必要なリサーチ項目です。

 

隠れたニーズの見つけ方

ーー例えば男性向けに「蒸れない下着」を開発する場合、定量調査と定性調査はどのようにはじめるとよいでしょうか。

まず定量調査からはじめます。

「男性用の下着市場は伸びているのか」「ブリーフが伸びているのか、あるいはボクサーパンツが伸びているのか」「ボクサーパンツは機能性が高いものが伸びているのか、冷感効果があるものが伸びているのか」といったTAM(最大の市場規模)を見るリサーチを行うことが第一段階です。

TAMを見るリサーチはお金をかけなくても良い部分と考えています。

TAMを見るリサーチを行って、「蒸れないブリーフはなんとなくマーケットサイズが大きそうだ」と判断した後に行うのが、定性調査です。

定性調査を行う前に、フィルタリングしたターゲットを対象に再度定量調査を行う方法もあります。ただ、早い段階で定性調査を行い、インサイトを踏まえた商品やコンセプトを考え、商品が市場で勝てるのかという点を改めて定量調査でチェックする流れが一番スムーズだと個人的には考えています。

 

ーー例えばD2Cなどでニッチな市場を攻める場合もあると思うのですが、そういったニッチ市場を狙う場合の注意点は何かありますでしょうか。

ニッチな市場を狙う場合は、そもそもニッチ市場を攻めるべきかを判断するための調査に注目します。

ニッチな市場であるということは、カテゴリ内の製品を一切使っていない人に使ってもらうパターンと、既に存在しているカテゴリの製品からスイッチさせるパターンの2通りを考える必要があります。

例えば、下着の例でいうと、下着の上にバンドエイドの様なものを貼って蒸れを防ぐ製品を新たに開発する場合が前者、より快適な涼しい下着を作る場合が後者です。

つまり、ニッチな市場を狙う時は、「商品を購入するユーザーがどこからスイッチしてくるのか」「どういったユーザーが商品を購入するのか」という点を踏まえて、ビジネス上のポテンシャルを想定しなければいけません。

世の中にすでにある情報から上記で述べたデータを取得可能であればよいですが、できない場合は定性調査を行う前に、ターゲットとなるユーザーがどの程度存在するかを定量的に調査して判断する必要があります。

 

ーー本や記事で「アンメットニーズを見つけましょう」と書かれていることがあります。アンメットニーズは具体的にどのようにして見つけていけば良いのでしょうか。

アンメットニーズとは「現状満たされていないニーズ」のことです。

アンメットニーズは、消費者に「今満たされていないニーズはなんですか?」という聞き方をしても基本的には出てきません。

特に日本は、お金と時間が十分にあってもなお解決できない課題はとても少ないのが現状です。したがって、「満たされないニーズ」を消費者の口から直接的に聞くことは難しいので、顕在化されていないという前提のもとでインタビューを行うと良いと思います。

具体的な例として、「泡で出てくるクレンジング」が非常によく売れたのはアンメットニーズを満たしたためだといえます。

「しっかりとメイクを落としたい」と考えている消費者がもともと多かった一方で、洗浄力の強いオイルクレンジングは肌にダメージを与えてしまうため、「洗浄力とケアを両立させたい」というニーズがありました。

現在では「DUO クレンジングバーム」といった商品があるため、当たり前に感じられることもありますが、従来まではそういったニーズ自体も見えていませんでした。

アンメットニーズを見つける方法は二つあります。

1つ目は、複数のユーザーのそれぞれ異なる発言を上手く組み合わせ、隠れているニーズの仮説を立てるという方法です。

2つ目は、1人のユーザーに対するインタビューを深堀りすることで見つけるという方法です。

大戸屋の店舗のほとんどが2階にあるのはご存知でしょうか。

その理由は、女性の隠れたニーズから来ています。

お昼は大戸屋のようなレストランで「健康的な食事がしたい」という女性の表面的なニーズを深堀りしていくと、「とはいえしっかり食べたい」というニーズが見えてきます。

さらに深ぼると、「しっかり食べたいけど、1人ランチで王将のようなガッツリメニューのレストランに入るところは見られたくない」という隠れたニーズが見えてきます。

こういったニーズは、多角的なインタビューで深ぼらないとなかなか見えてこないため、インタビュースキルはとても重要です。

 

調査を成功へと導く「調査設計」の秘訣

ーー調査をするうえで調査設計が大切だと聞きます。素人にはできないプロの調査設計はどのような点に技があるのでしょうか

調査設計は3つの段階を踏んで行います。

1つ目は、調査設計で一番大切な部分である「目的・目標」設計になります。

このリサーチを通じて「何を見つけたいのか」「何を判断したいのか」を明確にする必要があります。

「アイデアを見つけたい」「次のコンセプトを考えるヒントを見つけたい」など、リサーチにも様々な目的があるので、事業主と調査会社の間で目的を明確にすることが重要です。

2つ目は、テスト種類の選定です。

目的に沿ったリサーチをするために、どのようなリサーチを用いるかを決めるために、大枠のテストの種類を決定します。テスト種類の選定には、画像を使用するべきか、テキストだけで問題ないかといった内容が該当します。

3つ目は、テストの中での細かい質問項目の設定です。

定性調査であれば、いきなりコンセプトテストを行っても、心を開いて話してもらうことが難しいため、どのようなインタビューフローであれば本音を聞き出せるのかの設計をします。

定量調査であれば、購入意向を聞くのか、新規性を聞くのか、あるいはブランドアトリビュートを聞くのかといった細かい設問部分の設計をしていきます。

 

ーー2つ目の大枠のテストの種類とは、どのようなモデルがあるのでしょうか。

コンセプトテストが代表的ですが、一口にコンセプトテストといっても様々な種類があります。

10個程あるアイデアをスクリーニングするためのテストもあれば、2択までブランドが固まっている中で「どのキーワードが刺さるのか」「どのビジュアルが刺さるのか」といった詳細な部分の比較検討を行うテストもあります。

他にも、どの価格帯でユーザーが購入するかを調べるプライシングテストがあります。

プライシングテストでは、「年齢ごとにどの価格帯で買いたいと思うか」や「複数コンセプトが考えられる中で、それぞれのコンセプトごとに価格の許容範囲にどのような差が生まれるか」といった情報を調査します。プライシングテストで得た情報を元に価格を決定することができます。

さらに、例えばパッケージテストでは、「どのデザインが良いか」を600人以上にテストすると、勝てるパッケージと勝てないパッケージの差を顕著に得ることができます。

上記のような設計はもちろん、集めた情報を元にきちんとした分析ができるという点がリサーチのプロを起用するメリットです。

例えば、パッケージテストにおいて

デザインAが3.4点

デザインBは3.5点だったとして

リサーチに慣れていない人はデザインBを選ぶことが多いですが、これは統計学的には差異がなく、もう一度調査をすると逆転する場合もあります。

上記のように、素人の方が分析するとミスリーディングをしてしまう可能性があるので注意が必要です。

 

今回はブランドを立ち上げる際の調査方法について、具体的な手法を話しました。

後編となる次回は、調査で得られたデータをどのようにマーケティング施策に活かしていくか、という部分をお話いたします。